ふつうに生きるために

メンヘラのメンヘラによるメンヘラのためのライフハック

発達障害・うつについて、通院をはじめたあたりの話まではしたと思うので、その後についてです

 

僕の場合、というか非常に多いパターンだと思いますが、発達障害によってうつが引き起こされていました

どういうことかというと、発達障害によって周りと同じことができず、適応障害を起こし、自尊心も失われ、うつ状態になっていました

そこで、うつ状態をおさえつつ、根本の発達障害をなんとかしよう、という治療方針で進めていました

ですが、僕の場合は性同一性障害もあり、また、18~20歳の時は、受験のストレスや進学後も進学先での適応ストレスに悩まされ、治療は難航しました

 

当初僕は、高校を卒業するタイミングで性別適合手術を行い、完全に埋没して(元の体の性については明かさず心の性で生活することをこう言います)大学に通うつもりでした(就職を考えた時期もあったけど)

そのために高校時代必死で働きました

ですが、思ったよりもお金は貯まらず、また、親の同意もなかなか得られませんでした

そもそも、国立大学の入試は2月末で、それまで受験勉強をして、そこから親を説得して病院を探してお金を揃えて..間に合うはずがないですね、見通し甘すぎ

 

で、結局受かった大学も入学手続きせず手術もせず予備校通いになったんですが、これが思ったよりキツい

そもそも居心地の悪い親元を離れて埋没して大学生して車乗りたかったのにどれひとつできてないじゃん!無理!

しょーがないから高校生の時に親に隠れて取った原付免許で貰い物の原チャリ転がしてました

何やってんの?

 

病院と予備校だけは一応通ってたけど、過眠の症状や集中力の欠如が酷くて、結局1年予備校に通ったのに第一志望には受からなかった

そもそも、自分の体調や精神状態のことを考えるのでいっぱいいっぱいで、どんな大学に行きたいとかそういうビジョンがなかったんだから希望通りの大学に受かるはずもない

 

でも面白い出会いもありました

それなりに付き合いは長いけど住まいが遠くてあまり会うことがなかった友人Tが上京して近所に引っ越してきて、一緒に受験勉強をしました

Tも発達障害で悩んでいて、僕が発達障害なのではないかと初めて指摘した人でもあります

 

ちなみに僕の親しい友人には発達障害や、診断こそされてないものの発達障害っぽい人がすごく多い気がするんですけど、これって類友ですか?

まさか日本中発達障害で溢れてる訳じゃないよね、僕の周りだけだよね

 

話が逸れました

で、さすがに二浪はできないってことでとりあえず受かった大学(獣医学科)に行きました

親元は離れられないし当分車も持てそうにないし埋没もできないけどとりあえず大学生にはなれて、最初はこれでいいかな~とも思ったんだけど

だんだんなんかつらくなってきた

 

あとから性別違和によるつらさだと分かったけど、そのときはなんでかよくわかりませんでした

 

大学の前期末の頃、これが人生のだったと思います(そうであってほしい)

学業と、いろんな不自由と、いろんな人間関係とで、入院するまでボロボロになりました

大学は休学しました

それまでがんじがらめだった母親からの干渉が糸が切れたようになくなりました

家を出ていって、新しい住まいも連絡先も教えてもらえませんでした

今は、一度拗れに拗れてしまった糸は、一度切らないとまっすぐ繋がらないのかなとは思いますが

 

退院してからたくさん働きました

学生の身分を振りかざし、でも学校には行ってないのでたくさんの時間で、たくさん働いて、車の免許を取って、バイクの免許も取って、日本中旅しました

それから、ゆっくり自分に合った大学を探し直してそこに行くために勉強しようと思いました

いろいろとリハビリしながら受験勉強しました

自分と似たような人が集まりそうな大学を見つけて、今度は時間があったので、試験が終わったらすぐに性別適合手術ができるように動きました

もう高校や予備校に通う身分でもないので、逆埋没して生活する必要もありません

その時々の格好で、働いたり旅したり勉強したり通院したりしながら、20歳になりました

高校の成人式には、スラックスとワイシャツ、それに新品のジャケットを着ていきました

さすがにネクタイはびっくりされそうだからしていかなかったけど

 

そんなわけで、ゆるゆる迎えた受験

3回目にして、いちばんゆるくて、いちばんうまくいきました

東大じゃなきゃダメとか、医学部に行けとか目をつり上げて言う人(自分も、他人も)誰もいなくなったので、なんか雰囲気がちょうどよさそうな、難関校でもないけどFランというわけでもない、家から近くて車を持てそうな(ここ大事)国立大学を受けました

身の丈に合ってると思います

 

落ちたら就職するか~くらいに考えてたので結果が出る前に手術に行ってしまいました

 

手術の話はまたいずれ

メンヘラが発達障害になるまで

 

最近発達障害、特にADHDについてアドバイスを求められることが多いので僕のたどった経緯と僕の超個人的な意見をまとめておきます

 

僕が発達障害を疑ったのは18歳のとき

なのでここからの話は大人の発達障害に関しての話となります、ご了承ください

結論から言うとアスペルガーADHDだったんだけどアスペルガーADHDって性質としては対立するものもあるんだけどスペクトラム的側面もあってどっちとか両方とかいうものではありません

ADHDの性質としては不注意、多動性、衝動性が主にあります

多動性は、じっと座っていられなかったり、貧乏ゆすりをしたり、いろんなことに気が散って集中が困難だったり、という感じです

人と喋っていて自分が話すことにばかり夢中になってしまう人もいます

衝動性は突然思い付きで行動したり衝動買いしたり、(他人から見て)脈絡のない話を始めたり、あとで後悔するようなことをしてしまったりします

不注意は、約束を忘れてしまったり、時間に遅れてしまったり、ものを壊してしまったり、忘れ物や無くし物を頻繁にしたりします

部屋の片付けができなかったり金銭の管理が苦手だったりもします

 

ADHDは自分がふつうの人にふつうにできることが自分には困難なことに悩んでいることが多いです

本人の努力でなんともならないことが多いので本人を責めてはいけません

本人は自分自身でもそのことに気づいていないこともあるけれど大抵の場合限界まで頑張っています

それでうつ病になっていたりもします

ADHDの治療は、本人に自分が努力していることを認めさせること、効果のある努力のしかたを身に付けていくこと、そして薬での症状の緩和だと僕は思っています

そしてADHDにとってつらいのは自分はダメな人間だという劣等感です

だから周りが「お前はこれができない、ダメだ」などと言ってはいけない

自分がダメなことは本人がいちばんわかっているし、それで自分をいちばん責めているのは本人です

わかってることを他人から何度も言われても何も変わるはずがないですよね?

それどころか精神状態を悪くしてなおさら症状が悪化します

誰だってつらいときは正常な判断ができなくなったりケアレスミスをしたりするはずです、ADHDも同じです

人から責められたら余計ミスをします

 

ただここに当てはまらないADHDというのもいて、不注意や多動性、衝動性は持っているけど今言ったようなメンヘラみのないADHDが時々います

僕は能天気なADHDとかって勝手に呼んでるんだけど、自分のダメなところを自分で受け入れちゃう、鬼のようなメンタルの持ち主達です

死ぬほどおっちょこちょいで手がつけられないおしゃべりですぐどっか行ったり困った奴なんだけど万事が万事てへぺろ~みたいな感じで周りも憎めなかったりするような人、いるよね

周りからそう見えても本人は悩んでる場合もあるんだけど、中には本当に何も悩んでない人もいて、彼らは最強

ADHDメンヘラの目指すものはあれなのではないだろうか..

 

じゃあメンヘラADHDには救いがないじゃないかということなんだけど、僕もそう思ってたので18年間メンヘラをやってきました

ただありがたいことにADHDには治療薬があるので

個人差であんまり効かない人とかもいるんだけど(あと薬価がハチャメチャに高いんだけど)試してみる価値はあると思う

僕はめちゃくちゃ効きました

 

コンサータストラテラって薬があるので両方試してみるといいです

ただ出せる医者が限られてるので発達障害診てますって言ってる病院に行きましょう

ちなみにコンサータはすぐ効いてすぐ切れるお薬です

一般的に即効性があって半減期(薬が効いてる時間と考えてください)が短い薬は依存性が心配されますがコンサータに関しても薬効成分のメチルフェニデート覚醒剤として使われるような成分なので心配する人は多いです

ただコンサータは徐放薬といって薬効成分が少しずつ体内に吸収されるような工夫がされているお薬なので覚醒剤みたいな感覚(別に覚醒剤の感覚を知ってるわけではないのでテキトーです)はないはずです

実際僕は依存は感じませんでしたし周りからもそういう話はききません

依存したところでそうそう手に入る薬じゃないのでとも思う

コンサータに限らずお薬をポンポン出す医者がいるのは知ってるけどそういう医者はいずれ駆逐されるでしょう

そういう医者のせいでコンサータが規制されるのが結局僕らにとっていちばん困るのでそういう医者に金を回さないようにしましょうね

一方ストラテラはゆっくりきくお薬で、すぐには効果を感じないと思います

僕は今は飲んでないしあんまり効果を感じなかったのでストラテラに関しては他の人に聞いたほうがいいと思う

コンサータは不注意や多動にもきくけどとにかく眠気が吹っ飛びます(僕は)

僕はナルコレプシーを疑ったくらい昼間の眠気がひどくて本当に困ってたんだけど今はまったく困りません、たぶんふつうの人が寝不足の日に眠いな~ってなったりちょっと居眠りしちゃうのと同じくらいの眠気しかありません

前は何時間寝てもどんなに早寝早起きしても日光を浴びても気づいたら寝てたのに..

ただそれだけ眠気が飛ぶってことは朝早く飲まないと夜まで効果が続いて夜寝れなくなる心配もあるってことなので注意してください

目安は午後には飲まないってことらしいけど僕の体感としては朝飲んでも昼過ぎには切れてるしそんなに効果続かなくない?って感じだけど人によると思います

僕は昼過ぎには切れてるんじゃ困るので朝と昼の2回に分けて飲んで夜まで効果が続くようにしてます

寝坊した日は昼だけです笑

ストラテラはそういう心配がないのがいいですね

飲み忘れもそんなに致命的にならないし

あとコンサータは飲み続けてると効果が薄くなるという人もいるのでそこらへんも気を付けたいところですね

どちらにも共通する欠点としては特に飲み始めに胃腸にダメージがあることと薬価が高いことかな

飲み始めの胃痛には大抵胃薬が一緒に出されます

飲み始めてしばらくたっても胃薬があるときは医者に相談したほうがいいと思います

僕はいまだにコンサータ飲むと胃の調子がよくないです

そんなに困るほどじゃないしドグマチールを飲み忘れなければ全然平気なんだけど

 

値段が高いのはどうしようもないので自立支援でも申請して頑張りましょう

発達障害はほぼ確実に自立支援降りるのでぜひ申請しましょう

僕はあんまり安くならなかったけど..

特に家の収入が低かったり自営業の人とか、親と世帯分離してる人は全然変わるはずなので積極的に申請しましょう

ただこれが行政の手続きとかってADHDにはなかなか難しいんですよね..

免許取るのすら(試験じゃなくて発効の手続きに)苦労した僕には大変でした笑

まあまずは医者に相談してみること、発達障害診てる医者なら発達障害にもちゃんと手続できるように説明してくれるはず!

 

あと僕はCBT(認知行動療法)というのをやりました

自分の気持ちを整理して適切な行動を考えていくプログラムなんだけど、僕はその担当の心理士さんにADHD向けのトレーニングもやってもらいました

これが僕の考える「効果のある努力のしかたを見つける治療」です

闇雲に努力してもダメなんです、ADHDは闇雲に努力して失敗して挫折して劣等感だけ膨らませてたりするんだけど、集中してしまえば物凄い集中を発揮したりもするのがADHDなのでうまくすればすごいうまくいきます

あと精神科ショッピングの話にも書いたけど心理士や精神科医の中には自尊心を高めるプロがいるので彼らの手にかかれば「自分が努力していることを認める」のは容易です

そのADHD向けのトレーニングプログラムは、基本的には達成可能な目標を立てる達成する承認を受ける(自分から・他人から)というプロセスで成り立ちます

この自分で自分を承認するというのが実はとても難しい

大抵の人は今までの失敗から自信をなくし、自己肯定感が低くなっているからです

それを向上させていくのがトレーニングであり、プログラムです

 

2017.2.23

精神科ショッピング

 

精神科ショッピングという言葉がある

いろんな精神科に何回かずつかかってみたり、いくつもの精神科に一度にかかったりすることを言う

あれはしないに越したことはないんだけど、精神科ショッピングをしてる人たちもやりたくてやってる人ばかりではなくて

そうせざるを得ない状況があったりもする

かくいう僕も精神科ショッピング経験者です

 

高校生の僕はある時自分は頭がおかしいに違いないと思い至ったのだが、いかんせん素人なので何がどうおかしいのかわからないので、その道のプロに尋ねてみようと思った

心身症持ちの人にはよくあることなのかもしれないけど、僕は腹が痛くなったり全身が痒くなったり脚が痛くなったり目が痛くなったりとにかくあちこちよく悪くなるんだけど、あまりに症状がひどいので病院に行くと、どこも悪くないから二度と来るなみたいな反応(大げさ)されるもんで医者が嫌いなんだけど

仮病疑われたりするしね、学校休みたくて痛いふりしてるんじゃないの?とか、学校なんてどこも悪くなくても休みたきゃ休むわ、と思うんだけど..

そんな僕がなんで精神科医にかかろうと思ったのかはよくわからないんだけど、それくらい切羽詰まってたのかもしれない

とにかくそんなわけで精神科デビューした僕はあまりの治療費の高さに仰天した

時給900円かそこらでチマチマ働いてる高校生に毎週5000円払えとか無理でしょ

精神科デビュー記念にマイスリーをもらって帰ってきたけどあれはよく眠れました、このときは

このあと数年後にまたマイスリーを処方されることになるんですが、その時は健忘がひどくてまったく記憶にない行動を山ほどしたりして最悪でした

周りの友人にもそういう人何人かいたし、 あの薬はヤバいんじゃないかと僕は思ってます

ハルシオンロヒプノールの方がよっぽど安全なのに、なぜマイスリーを安易に出したがる精神科医が多いのか疑問(精神科かかって最初に出される薬がマイスリーという人はなぜか多い)

あとセロクエルも貰ったけど、あれはただ眠くなるだけで僕はダメでした

このあと1,2回行っただけでこの新宿の某クリニックの通院はおしまいです

 

そのあと性同一性障害絡みでジェンダークリニックを2,3件ショッピング

どこに行っても「まだ高校生だから」「後悔するかもしれないから不可逆な治療はできない」「何年か経過を見ないと」..

後で発覚する発達障害のせいか、継続して通院とかいうことが苦手な僕は成果を出せず

その中で結構ショックなことも医者に言われたりしました

その話は性同一性障害の記事で

 

精神科って医者との相性が本当に大切だし、同じ症状でも医者によって出す薬がまったく違うし、ほんとにゴミな医者もいるし、自由診療なんかは特に値段も病院によってまったく違うし、医者選びがこんなに大切な診療科は他にないと思う

だからこそショッピングして医者選びするはめになったりするんだけど、毎度毎度初診料やら血液検査やらで本当に消耗します

一発でいい医者に巡り会えればいいんだけど、いい医者ってのも人によって違うし難しい

僕もここがいいよってのはあるけど、その先生が他の人にとってもいい先生である保証はないし

とにかくなにも考えずに薬を出す医者とか逆に必要な薬を全然出してくれない医者とか、カウンセラーに全部任せて自分はなにもしないできちっと診療費だけはもらう医者とか、僕も出会ってきた

相性の問題はともかくそういう医者はさっさと駆逐されるべきですね

 

とにかく僕はショッピングの末家からたぶん一番近いんじゃないか?な精神科に行き着いた

灯台元暗し、とてもいい病院でした

都心の病院の方がいいんじゃないかとか有名、人気な病院の方がいいんじゃないかとかちょっと思ってたんですけど全然そんなことはないです..

わけあって今はかかってないんですが、優しいおじいちゃんがとても親身に話を聞いてくれて、適切な薬をきちんと出してくれて(薬は今でもずっとそれを飲んでます)もう救いがないみたいになってた僕が立ち直るきっかけを与えてくれました

ちなみに薬はレクサプロ(のちにリーマスに変更)、ドグマチールハルシオンでした

リーマスドグマチールハルシオンのトリオは僕的うつ病最強処方です

とにかく先生には本当に感謝してます

ご参考までに、国分寺駅北口にあるメンタルクリニックです

 

 記憶力が悪いので前後関係がちょっと変かもしれないんだけど、この前後で僕が発達障害なのではないかという疑いになった

そのKメンタルクリニック発達障害は扱ってなかったので、別な発達障害を扱ってるクリニックにこれまたショッピングしに行ったんだけどそこが「僕ADHDかもしれないんですけど..」って言ったら初診でコンサータが出た

驚いたけど薬中だった僕は大喜びで薬をもらいに通いました

Kメンタルクリニックではうつ病の治療とカウンセリング(医者だけど)、もうひとつのクリニックではコンサータストラテラの処方って感じで使い分け

 

って言うとその発達障害の方のクリニックが悪いみたいに聞こえるかもしれないけど、僕は別にそうは思ってません

コンサータは今でも飲んでるしあの薬はとにかくズタボロだった僕の自尊心を回復してくれました

発達障害の話はまた詳しく書くのでコンサータについてもまたそのときに詳しく

 

そのあと掛け持ちはよくないということで、発達障害も扱っていてカウンセラーもいるクリニックへの転院をKメンタルクリニックから提案されました

そういう提案を患者にできるところが懐の広さですね

掛け持ちしてたことも僕の体を気遣った以外は咎めることもなく薬の処方も他方の先生に合わせて調整してくれました

 

転院先は本郷のメンタルクリニック

いい先生でしたし発達障害の治療もしてもらえましたが通院が大変でした

あとやっぱりKメンタルクリニックの先生が僕は好きでした

 

そこに母親からCBTというものをやってみないかという話が飛び込んできた

小平の国立病院に転院して、発達障害薬物療法とカウンセリングとともにCBTというものを行わないかという提案だった

転院し、CBT(認知行動療法)が行われることになった

 

そこで僕は薬物療法、医師によるカウンセリング、心理士による発達障害向けのトレーニングの三本立てで毎週通院し治療を行った

CBTについてもきちんとまとめて記事を書きたいのだけど..

途中緊急入院したりいろいろあったけど今はCBTも無事一通り終わって経過観察的に月一で通っています

1年ちょっと(?)毎週(結構しょっちゅう休んだり遅刻したりしてたけど)通えたのは初めてでした

ここの先生(主治医と入院病棟の先生、CBTの担当心理士さんなど)皆いい人ばかりで、僕が頭おかしいことばかり言っても真剣に聞いてくれました

この3人には人に言えないようなことをめちゃくちゃたくさん暴露しました

どれも真摯に受け止めてくれました

神かよ

 

とにかく彼らは自尊心を高めるプロです

僕が気づかない僕の成長したところをいつも見つけて認めてくれます

誰にも認めてもらえなかった努力を認めてくれます

そんなのおかしい、異常だ、とばかり言われてきたことも、そういうのもあるよと認めてくれます

 

遠回りをしたとは思うけど僕は素敵な先生方に出会えました

世のメンヘラ達が自分にとって最高の医者と薬に巡り会えることを願っています

コツは先輩メンヘラになんでも聞くことと、精神科ショッピングを恐れないこと

まあ精神科ショッピングが不要になるのがいちばんだし、それを望んではいるけど今は仕方ない部分があるので

 

僕はいつでもメンヘラの味方だよ~

 

2017.2.23

久しぶりに

前に更新してからずいぶん経ちました

 

いろいろあってブログを書くモチベーションが高まってきたので温存してた記事を加筆公開しようと思いました

が、下書きを読んで、当時の自分に思いを馳せて、加筆するのもなあ..という気持ちになったので、今後3本ほど2年くらい前の僕が書いた文章ほぼそのまま公開します

新しい情報はまたゆっくり書いていけばいいかな(そんなことを言っているから次の更新まで何年も開くんです)などと..

 

書きたいこと

・書き途中の病気のこと

 あれ以降たくさん進展もあったので

・最近あった出会いや別れのこと

 これはひとつめの項目とも深く関係します

・去年成し遂げた夢について

 実はこれがブログを更新しようと思ったモチベーションです

 一緒にやった人がブログに残しはじめたらしく、しかもなぜか(なんで?)僕の母親(いつか紹介するけどたくさんブログを書いています)と繋がってるわけですよ

 負けず嫌いなので僕が先に書きます

 

ふつうに生きるために3

 

前回GID治療は情報がなくて大変という話をしたけど

 

問題はそれだけじゃなくて、GID治療ちゃんと始めるとなると現状ほぼ自動的に自分の子供を持つことって諦めなきゃいけないんだけど、僕はそれが悔しくて

ホルモンは自分の意思でコントロールできるし1本打ったらもう性機能なくなるとかじゃないからいいけど、内摘が戸籍変更の条件なのは納得いかない

以下に日本における戸籍上の性別の変更の要件を載せておきます

 http://www.courts.go.jp/saiban/syurui_kazi/kazi_06_23/

僕は1の診断があることとかは当然だと思うけど、5の生殖機能を欠くこととか4の未成年の子がいないことっていうのはちょっとどうかなと思っている

ちなみに4については以前は成人でもダメだったけど、未成年のみに緩和されたのでもっと緩和が進んでこの要件自体なくならないかなと期待してる

だって子供を持ったら20年間本来の性別に戻ることを制限されるのはあまりにも負担が大きすぎると思うから

こんな決まりがあったら子供を作るの諦めるって人も多いでしょ

僕は自分の遺伝子を持った子供の父親になりたいし、GIDだからって理由でそれを諦めたくはない

自分の精子で子供ができることが気持ち悪いと思うMtFとかがいるのもわかるし、そういう考えも尊重するし、GIDに限らず子供を持ちたくない人や自分の遺伝子を持った子供にこだわらない人とかの考えも僕は尊重する

だから僕の自分の血の繋がりを持つ子供を持ちたいという気持ちも認めてほしいと僕は思う

何百万、何千万というお金を払えば不可能ではないことは僕も知ってるけど、ただでさえ体の適合に莫大なお金がかかるのにそんなお金どうやって用意したら良いの?

しかも将来的に用意すればいいとかじゃなくて若いうちに用意しなきゃいけない

それも体を適合させるまでに用意しなきゃいけない

つまり子供がほしいなら莫大なお金を用意するまで体を適合させられないということ

それってつまりよほどのお金持ちとかでもなければ現実的に不可能ってことですよね

自分の子供を持ちたいという気持ち自体は一般的には応援されるべきことなはずなのに現状GIDの僕らにはその願いが叶えられる道はほとんどないということがとても悲しいです

せめて頑張ればなんとかなる金額とかだったら..と

体の適合もそうだし、国はGIDをもう少し支援してくれないものか..

少子化の今、健康な体と生殖機能を持ってて子供ほしいって言ってる若い人、貴重なんじゃないの?とか

まあ僕は同性愛者(男性じゃなきゃダメということもないし厳密には同性愛者じゃないんだけど)だからこんな悩みを持てるわけで、GID異性愛者からしたらこんな悩み自体贅沢なのかもしれないけど..

まあでもGIDの同性愛者は外からふつうに見えちゃったりするだけに困ることとかもあるんだよ!

なかなかGIDって認めてもらえないし、そもそも同性愛者への理解がまだ低いからそこも大変だし

なんで男が好きなのに男になりたいの?女のままの方がいいじゃん、とか言われるし、体を適合することに対してパートナーに申し訳ない気持ちになったりもする

 

子供のことは僕がずっとGIDの治療に踏み切れなかった理由でもあるのでなんとかならないものかと思っています

僕も治療始めると決めたはいいもののまだ決心はつかないし内摘は決意できません

でも今やれることからやっていこうと思っています

そして後輩たちのために僕の歩んだ道はなるべく丁寧に書き残していきたいと思っています

僕がしたような苦労をする人が少しでも減るように

同じ悩みを持つ人が少しでも早く、少しでも大きな幸せを掴み取れるように

そして、僕も含めた誰もが自分が望む生き方に少しでも近づけるように..

 

僕にはとても贅沢な夢があります

好きな人と結婚してお父さんになること、これが僕の夢です、いつか叶えられるかな

ふつうに生きるために2

 

性同一性障害についての話の続きです

今回は性同一性障害の治療の話です

 

僕は発達障害も持っているんだけど

これはこれで一悶着も二悶着もあったのでまたこの話もできたらいいとは思うんだけどとりあえず今は置いておいて

18の時から発達障害である精神科にかかっていたんだけどその病院の先生に(それまでも性別違和は訴えていたけど)春からの新生活に備えて男として埋没生活できるように準備したいと言ったのが20歳の2月(土壇場すぎる..笑)

一旦大学に入ったもののやっぱり女性としてやってくのは無理だ~って大学を辞めたところでした

ここで高校時代どれだけ周りに恵まれてたか気づいた、他のところではあんなに周りはすんなり受け入れてくれない!

医者に言ったときはまたまだ君は若いからとか君はそんなんじゃないよとか言われる覚悟はしてたんだけど、医者は「わかった、ここの病院では手術はできないから手術したい病院を見つけてきてください。そうしたら紹介状書くし、病院によっては私の持っているネットワークで連携を取ります」とのこと

あまりの物分かりの良さ(?)に拍子抜けしてしまった..

この件だけじゃないんだけどここの先生は本当に良い方ばかりで、入院したときも本当にお世話になったので主治医にも入院病棟の先生にも心理士の方にも感謝しまくりです

小平の精神系専門の国立病院なのでメンがヘラってる人は行くと良いですよ、本当に良くしてくれます

 

病院の宣伝はここまでにして、やっと認められて喜んだのもつかの間、ここからが思いの外大変でした

まず病院を探すにもネットの情報はちゃんとした比較とかが全然なくて本当に微妙だしなによりほとんどが古すぎてあてにならない情報だしGID向け治療やってくれるって聞いて見に行ってみても公式のページにもGID向けのことが書いてない病院が多いし心折れそうになった

でもってこれは僕が悪いんだけどとにかく時間もお金も足りない..!

言い訳するともう無理かなと諦めてたところにいきなり話が降ってきたのでいろいろ間に合わなかった..

というかやっぱりGID治療高すぎ!

障害って認めるなら早く保険適用にしてくださいよ~

手術の比較もコミコミの金額や術式、麻酔の方式や所要日数なんかをわかりやすく列挙したサイトとかあればいいのに..

オペに関しては評判もすごく気になるしそこらへんも知りたいんだけどそこの情報収集もなかなか難しい

ホルモン治療に関してもやってるけどホームページに載ってないところとか金額載せてないところとか多くて全然どこに頼んだらいいのかわからない

何度も通うものだし金額とかすごく大事なのに..

僕が作りたいくらいだけどひとりじゃ作れないし誰か協力してくれたりしないかな??

 

そんな中なんとか展望が見えてきたのでいろいろ済んだら結局どうしたのか、どうしたらいいのかなんかもお話ししたいと思います

ふつうに生きるために

 

いろいろ進捗があったので少しずつ書き溜めていたものを加筆修正して公開していこうと思っています

今回は性同一性障害について

 

性別違和って本当に社会から認められない特性だと思うし僕らみたいな苦労をする人が少しでも減ってくれたらと僕は願っています

 

僕は小さい頃から「男の子みたいな女の子」だったしこれは決して褒められることではなくて周りからも悪くばかり言われたし僕自身ずっとつらかった

でもGIDなんてものは高校生くらいになるまで知らなくて自分はただおかしいんだと思っていたし実際そう言われ続けてきた

直さないとと思っても(僕は女の子ではないので当たり前なんだけど)女の子にはなりきれなかったしダメな人間だと烙印を捺され続けてきた

「女の子なのに」「女の子だから」..こんな言葉がどれだけ僕の心を傷つけたか、言った人はまったく覚えていないんだろうしそれが今の(当時の?)世の中なんだと思う

言ってきた人が悪いとかじゃないと思うし僕はそういうことを言ってきた人を恨んだりはしていません

そういう言葉が普通に存在するような世の中だってことが問題なんだと思う

少しずつ社会全体の意識が変わっていくことを望んでいます

 

16歳のとき性同一性障害、及びFtMという言葉に出会った僕はこれが自分のことだと確信した

 

(性同一性障害とは性自認(本人が考える自分の性別)と体の性別が一致しない障害で、例えばFtMは女性の体を持って生まれた男性で、MtFは男性の体を持って生まれた女性
FtXやMtX(性自認が男性でも女性でもない)という人もいます
性自認が体の性別と一致しているのが一般的で、そういう大多数の人からは理解しづらいかもしれませんが、異性になりたい、異性の格好をしたい、という気持ちとはまた違います(それらを伴うことももちろんあります)

性同一性障害の治療はあくまで体の性別を本来の性別に近づけることが目的で、性別を変えることとは違います
性同一性障害でも体の性別を自分の性別に一致させたいという思いが強い人ばかりではありませんしどこまで一致させたいかも人によって違います

また、性自認と恋愛対象は無関係です

一般的に異性を恋愛対象とする人が多いため、FtMには女性を恋愛対象とする人が多く、MtFには男性を恋愛対象とする人が多いですが、性同一性障害でない人と同じように同性愛者も存在します)

 

誰に話してもまともに取り合ってもらえなかったしまだ若いんだから早まるな、みたいなことを言われたりもした

あと僕は異性愛者ではないので男性の恋人がいたこともあったんだけどそれを取り上げてだからお前は女だとも言われた

いまの僕には恋愛対象と性自認は関係ないってことわかってるけど当時は大人がそう言うならそうなのかなあくらいに思ってしまった

そういうところも社会全体の意識が変わらないと受け入れてもらえないよね

 

性同一性障害だと認めてもらえないと本来の性別として生きることが許されない社会に生まれてしまったので10代後半の僕は認めてもらえるためにいろいろ必死になってた

男の恋人がいてはいけないと言われれば自分の気持ちを圧し殺したりもしたし性同一性障害が子供を持ちたがるなんておかしいと言われれば子供は諦めようと思ったりもしたし何度も病院に通って苦痛を訴えたりもした

かと思えば自棄になってじゃあ女になってやると過剰に女性らしく振る舞った時期もあったりした

これは自分の感情さえ圧し殺してしまえば周りからは変な目では見られないし外でトイレに行くこともできるし人前で声を出すこともできるし人間関係は比較的円滑に運んだけど(ビッチだとかぶりっ子だとか男好きだとかは言われたけどそれでも男ぶってる喪女よりは男女からともにウケがよかった)自分の心は毎日傷ついていったしある日耐えられなくなって外に出られなくなった

だけど誰にも認めてもらえないまま(いま思えばそんなことはないんだけどこの話はまたあとでするとして)高校を卒業する頃には僕の精神はボロボロになっていた

精神安定剤をODしたり自分の体を傷つけたりした

何度も死のうとした

当たり前に大学にも落ちたし(もしかしたら女が面接に男物のスーツで行ったからかもしれない、だとしたら笑うけど)もうどうしようもないって感じだった

 

とにかくその時の僕は性同一性障害を拗らせて(?)性的なものをひどく不快に感じるようになっていたし性別とかの話が本当に嫌で仕方なかった

自分の特性についても他人に話すことはしないと強く思っていたしとにかく嫌なことからひたすら目を逸らしていた

ひっそり隠れて生きよう、幸せは望まない、ふつうの生活も望まない、もう無理だと思ったら死のう、そう思っていた

 

ただ今思えば僕は特に高校時代は周囲の人間に本当に恵まれていたのだと思う

学校の友人ももちろん、それ以外で仲良くしてくれた人たちも、男みたいになったり女みたいになったりメンヘラになったり不登校になったりする僕を甘えてるとか気持ち悪いとか批判することもなくふつうの友人として付き合ってくれた

もちろんそうじゃない人もいることは知ってるしそういう人たちにとっては気持ち悪い人間が自分の近くにいて不快だったと思うし申し訳なかったと思っている

けれど僕を拒否しなかった人がたくさんいてくれたことを僕はいま本当にありがたいことだと思っているし当時こそあまりありがたさに気づいてなかったけど今になって心から感謝している

そして何より僕の性質を知っても嫌がるどころかそれを含めて大切にして、いつも親身に僕のことを考えてくれた親友、治療に進めたのも諦めずに生き延びられたのもこんなに前向きになれたのもすべてあなたのお陰です

こんなところでしか言えない僕を許してほしいんだけど、本当にありがとう、これからも友人でい続けさせてください

あなたたちのお陰で僕はここまで来れました

素敵な友人たちを持って、例えどんな障害を抱えていようと僕は幸せなんだと思います

今はそう思えます

 

治療のお話はまた今度