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ふつうに生きるために

メンヘラのメンヘラによるメンヘラのためのライフハック

ふつうに生きるために

 

いろいろ進捗があったので少しずつ書き溜めていたものを加筆修正して公開していこうと思っています

今回は性同一性障害について

 

性別違和って本当に社会から認められない特性だと思うし僕らみたいな苦労をする人が少しでも減ってくれたらと僕は願っています

 

僕は小さい頃から「男の子みたいな女の子」だったしこれは決して褒められることではなくて周りからも悪くばかり言われたし僕自身ずっとつらかった

でもGIDなんてものは高校生くらいになるまで知らなくて自分はただおかしいんだと思っていたし実際そう言われ続けてきた

直さないとと思っても(僕は女の子ではないので当たり前なんだけど)女の子にはなりきれなかったしダメな人間だと烙印を捺され続けてきた

「女の子なのに」「女の子だから」..こんな言葉がどれだけ僕の心を傷つけたか、言った人はまったく覚えていないんだろうしそれが今の(当時の?)世の中なんだと思う

言ってきた人が悪いとかじゃないと思うし僕はそういうことを言ってきた人を恨んだりはしていません

そういう言葉が普通に存在するような世の中だってことが問題なんだと思う

少しずつ社会全体の意識が変わっていくことを望んでいます

 

16歳のとき性同一性障害、及びFtMという言葉に出会った僕はこれが自分のことだと確信した

 

(性同一性障害とは性自認(本人が考える自分の性別)と体の性別が一致しない障害で、例えばFtMは女性の体を持って生まれた男性で、MtFは男性の体を持って生まれた女性
FtXやMtX(性自認が男性でも女性でもない)という人もいます
性自認が体の性別と一致しているのが一般的で、そういう大多数の人からは理解しづらいかもしれませんが、異性になりたい、異性の格好をしたい、という気持ちとはまた違います(それらを伴うことももちろんあります)

性同一性障害の治療はあくまで体の性別を本来の性別に近づけることが目的で、性別を変えることとは違います
性同一性障害でも体の性別を自分の性別に一致させたいという思いが強い人ばかりではありませんしどこまで一致させたいかも人によって違います

また、性自認と恋愛対象は無関係です

一般的に異性を恋愛対象とする人が多いため、FtMには女性を恋愛対象とする人が多く、MtFには男性を恋愛対象とする人が多いですが、性同一性障害でない人と同じように同性愛者も存在します)

 

誰に話してもまともに取り合ってもらえなかったしまだ若いんだから早まるな、みたいなことを言われたりもした

あと僕は異性愛者ではないので男性の恋人がいたこともあったんだけどそれを取り上げてだからお前は女だとも言われた

いまの僕には恋愛対象と性自認は関係ないってことわかってるけど当時は大人がそう言うならそうなのかなあくらいに思ってしまった

そういうところも社会全体の意識が変わらないと受け入れてもらえないよね

 

性同一性障害だと認めてもらえないと本来の性別として生きることが許されない社会に生まれてしまったので10代後半の僕は認めてもらえるためにいろいろ必死になってた

男の恋人がいてはいけないと言われれば自分の気持ちを圧し殺したりもしたし性同一性障害が子供を持ちたがるなんておかしいと言われれば子供は諦めようと思ったりもしたし何度も病院に通って苦痛を訴えたりもした

かと思えば自棄になってじゃあ女になってやると過剰に女性らしく振る舞った時期もあったりした

これは自分の感情さえ圧し殺してしまえば周りからは変な目では見られないし外でトイレに行くこともできるし人前で声を出すこともできるし人間関係は比較的円滑に運んだけど(ビッチだとかぶりっ子だとか男好きだとかは言われたけどそれでも男ぶってる喪女よりは男女からともにウケがよかった)自分の心は毎日傷ついていったしある日耐えられなくなって外に出られなくなった

だけど誰にも認めてもらえないまま(いま思えばそんなことはないんだけどこの話はまたあとでするとして)高校を卒業する頃には僕の精神はボロボロになっていた

精神安定剤をODしたり自分の体を傷つけたりした

何度も死のうとした

当たり前に大学にも落ちたし(もしかしたら女が面接に男物のスーツで行ったからかもしれない、だとしたら笑うけど)もうどうしようもないって感じだった

 

とにかくその時の僕は性同一性障害を拗らせて(?)性的なものをひどく不快に感じるようになっていたし性別とかの話が本当に嫌で仕方なかった

自分の特性についても他人に話すことはしないと強く思っていたしとにかく嫌なことからひたすら目を逸らしていた

ひっそり隠れて生きよう、幸せは望まない、ふつうの生活も望まない、もう無理だと思ったら死のう、そう思っていた

 

ただ今思えば僕は特に高校時代は周囲の人間に本当に恵まれていたのだと思う

学校の友人ももちろん、それ以外で仲良くしてくれた人たちも、男みたいになったり女みたいになったりメンヘラになったり不登校になったりする僕を甘えてるとか気持ち悪いとか批判することもなくふつうの友人として付き合ってくれた

もちろんそうじゃない人もいることは知ってるしそういう人たちにとっては気持ち悪い人間が自分の近くにいて不快だったと思うし申し訳なかったと思っている

けれど僕を拒否しなかった人がたくさんいてくれたことを僕はいま本当にありがたいことだと思っているし当時こそあまりありがたさに気づいてなかったけど今になって心から感謝している

そして何より僕の性質を知っても嫌がるどころかそれを含めて大切にして、いつも親身に僕のことを考えてくれた親友、治療に進めたのも諦めずに生き延びられたのもこんなに前向きになれたのもすべてあなたのお陰です

こんなところでしか言えない僕を許してほしいんだけど、本当にありがとう、これからも友人でい続けさせてください

あなたたちのお陰で僕はここまで来れました

素敵な友人たちを持って、例えどんな障害を抱えていようと僕は幸せなんだと思います

今はそう思えます

 

治療のお話はまた今度